バグダッドからのEメール
戦火の中心から届いた愛の物語
朝妻 健:著
発売:コアラブックス
 http://www2s.biglobe.ne.jp/~koala/
発行:アートブック本の森

書籍コード:ISBN4-86097-033-0

詳細

「実はこの6月から富山に移住するんです。」
 ノンフィクション作家・たけちよさんから、久しぶりにいただいたメールの内容にぶったまげたのは2004年5月の下旬、たけちよさんが2冊目の著書を朝妻 健名義で上梓されるとの、ご本人による書き込みをインターネットの某掲示板で目にした翌日か翌々日ぐらいだった。
 本2冊も商業ベースの流通ルートから出してる大先生がなぜ私なんかと知り合いなのかって?
 特撮監督に知り合いがいるのだからノンフィクション作家に知り合いぐらいいますがな。
 なんちて、実は最初から作家先生だった人とすぐお近づきになれるほど私が地位や名誉を持っていた訳では毛頭なく、ほんのたまたま、たまたまなんである。
 例の9.11「♪二本立てビルめがけ 自爆だぜ急げ〜!」事件のあった時、当時ニューヨークに住んでおられたたけちよさんは、グラウンドゼロとその周辺を写真に撮り、文章も交えたフォトレポートとしてインターネットで公開しておられた。
 その中の写真を、イラストの背景に使わせてほしいと私の方からメールを出したのが最初だ。
 私の方はといえば当時、富山県警の不祥事(八尾署に平成7年5月、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで逮捕された婦中町の土建業の男(39)が翌日、当時の県警捜査本部の指示で釈放され、事件として立件されなかったことが発覚。男は6年春から、県警に覚せい剤事件などの情報を提供しており、釈放は捜査協力への見返りの可能性が強い。県警は虚偽の文書を作成し事件をもみ消した疑いがあるとして当事の刑事部長ら退職、現職幹部ら十数人から事情聴取した。尚、当事の富山署長、岡本新治さん(61)が事情聴取を受けた翌日朝、富山市内の自宅で遺体で発見された。)を広く全国に知らしめるための活動をしており、なんと、その私の記事をたけちよさんも読んでくださっていたとのことで、写真の背景使用についても快く許可していただいた。
 そのあと数回メールをやり取りした。たけちよさんが前述のフォトレポートを下敷きとした最初の著書「あの日から世界が変わった(NY Good-Bye物語)」(コスミックインターナショナル:刊)を出されたのはその後である。
 そして2003年2月、たけちよさんは今度は、バグダットで行われた平和会議のメンバー募集に名乗りをあげ、まさにどっかのバカ息子が攻撃を開始する直前のイラクへ、出向いたのである。
 朝妻 健名義で著された2冊目の著書「バグダットからのEメール」は、そのときの体験をもとにかかれたものである。
 同人誌ならともかく、出版社からのコマーシャルベースで2冊も本を出されたらもう「先生」とお呼びしていい。そのたけちよ先生からじきじきにメールをいただいた。しかも車で1時間も要しないところへ引っ越してこられるというのだからもうこれは会いに行くしかない。
 そして7月4日、恐れ多くもランチのお誘いをいただき、たけちよさんお手製のお好み焼きをいただきに上がることと相成った。
 その日はたけちよさんの町内の草刈があったということで、私の前に現れたたけちよさんはTシャツに短パン、軍手に鎌という「夏の草刈スタイル」。更にサングラスをかけていたためまるで浜田省吾(!)私より10も上とは思えないほど若々しい色男であった。
 まず握手を交わして新居に上げていただく。まだランチには早い時間だったのでバイクを見せていただいたり、置き場所に困っておられたのでラックを1ついただいたり。
 たけちよさんは大阪人だ。
「富山人はみな越中おわらが踊れる」とか「富山人はみなウッドベースが弾ける」というのは迷信であるが「大阪人はみなお好み焼きが得意」というのは本当だ。
 特にたけちよさんのお好み焼きは特徴があり、卵を鉄板に直接落とし、その上に途中まで焼いたお好み焼き本体を乗せて引き続き焼く。
 そうすると、目玉焼きとくっついた状態のお好み焼きが出来上がり、これが又ウマイ!
 前月大阪へ出張した際、KAZeさんの案内で行った「ぶぶ屋」で明石焼きに出会って以来の感激だ。
 そのあとは、まだ地元の地理になれてないたけちよさんを最寄の喫茶店にご案内し雑談。
 さて、実はこの時点で私は「バグダックからのEメール」をまだゲットできていなかった。
「あの日から世界が変わった」の時もそうだったのだが、飛び込みで書店を探しても置いてなく、前回同様取り寄せ注文しかないかなと思っていた矢先だったのだ。
 ところが、である。
 帰り際、問題の本を著者からじきじきにいただいてしまった。
 
しかも表紙見返り部に私の実名宛てに日付とサインまでいれていただき。
 なんともうれしい話である。

 本の内容は前半がイラク行きのいきさつから現地滞在中の出来事を、イラク側の受け入れ機関であるナショー(非同盟学生青年会議)の女性スタッフ・ソラとの交流を中心に(もちろん男性スタッフやナショースタッフ以外の現地住民との交流も)、そして後半は帰国後、ソラとのEメールのやり取りを不穏な当時の情勢と時系列的にリンクさせ描かれている。
 現地の人の人懐っこさ(そしてそれとは対照的に、同じ平和会議に来ていた別の日本人グループの愛想の悪さ)に触れたエピソードなどで、どちらかといえば楽しい雰囲気の前半に対し、後半部分は余りにも悲愴だ。
 アメリカ軍による攻撃が始まり、危険地帯と化した中、ソラが危険をかいくぐってそれでもでかけたネットカフェから送られてくるEメール。
 そのEメールだけが、少なくともそれを送信した時点までは彼女が生きている事がわかる。
 だがその文面には「今は地獄の中にいる」と、
 大量破壊兵器は見つからない。見つかるわけがない。何故なら、アメリカ軍こそが大量破壊兵器ではないのか?
 ソラも含めて、イラクのほとんどの国民はサダムを敬愛している。
「彼が大統領になってから、道路も良くなったし、教育費だって無料になったわ」(本文、ソラとの会話より)
 思うに、サダムは他国からは「独裁者」と呼ばれてはいるが国民に対する福利厚生もきちんとしていたのではないだろうか?ほとんどの国民から支持されていた彼を「独裁者」と呼ぶなら、過半数の国民から嫌われているのに退陣もしない指導者はなんと呼べば良いのか?
 指導者たるもの、自国民の満足度によって評価されるべきなのに、サダムが独裁者呼ばわりされ、締めつけるばかりで緩める事を考えもしない国民無視の指導者がなんのとがめも受けないのはどういう事か。

「でも、ここが一番だと思うことで私は十分に幸せなのよ。あなたは日本が一番好きじゃないの?」
「一番好きだよ。だけど一番良い国だとは思わない」
「日本のことは分からないけど、素晴らしいリーダーがいないのかしら?」
「うーん、いないんだよ」
 他国から見れば独裁者でも、ソラにはサダムが立派なリーダーなのだ。
(以上本文より抜粋)
 わが国のリーダーは結局、諸問題や先の参議院選挙での惨敗の責任を結局放棄し、もう2年間居座る事になったわけだが、2年目後の後釜は野田聖子氏に決定した。そう、本人が意向を表明し準備を始めただけなのだが、国民一人一人の意思にかかわらず、特定の政党の意向が事実上の決定事項とイコールになってしまっているのだ。
 私個人としてサダム政権の肩を持つ気はさらさらないが、独裁者であるかどうか以前の「国民一人一人に対し少なくとも支持してもらおうとする姿勢」という一番大事なものを放棄している政権はイラクにさえ劣っているという事だ。
 そんな国なのに私もたけちよさんと同じく日本が好きで、だからこそ黙って背を向ける事もせず敢えて批判もするのだ。反日だなんてとんでもない!
 政府に批判的な人たちとは、多かれ少なかれ、私と同じ気持ちではないかと思う。だがそれを政治家たちがわかってくれるなどと期待するほど私は愚かではない。(いや愚かではあるかもしれないが、政治家に期待するほどひどくはないって事で)

 取り止めのない事を書いて来たが駄文ついでに、アメリカによるイラク攻撃開始に際してたけちよさんが掲示板に書きこまれた文を引用して締めくくりとしたい。
「宇宙戦艦ヤマトが欲しい、それでホワイトハウスに波動砲を撃ちこんでやりたい。」
 たけちよさん、波動砲では地球ごと吹っ飛んでしまいワシントンどころかワシントコまでやられちゃいますがな。マジンガーZでロケットパンチぐらいにしときましょうや。