第12話     天狗さまの爪             富山市猪谷

 むかし、川向かいの小糸に、たいへん力の強い、大きな男が住んでいました。この男は、力強いのがじまんで、ずいぶんわがままでした。自分のきらいなことは、役人の言うことでも守りませんでした。また、自分の言うことを聞かない者は、ひどい目にあわせて歩きました。



 役人たちは、これを聞いて、「困ったやつだ、どうにかしてつかまえてやろう」と思って、大ぜいで、棒や縄を持って、男の家をかこみました。
 そーっとのぞいて見ると、男は、グウグウ大きないびきでねていました。「これはよいところだ」と飛びこんで、みんなで男の上から押さえつけました。
 目をさました男は、役人をはねのけて起き上がりましたが、棒や縄を持っているのを見て、「たいへんだ」と、アマへ上がって、ひさしからヒラリと飛びおり、今度は、高いがけから、神通川へザブンと飛びこみました。



 役人たちが、ワイワイ見ている内に、こちらの岸に泳ぎ着いて、今の赤岩の上から、ぼくたちの村へにげ込みました。その頃、ぼくたちの猪谷には、家が三軒しかなかったので、ドンドン、山へ登りました。そして、深い山の中の岩のかげに屋根を作って、かくれていました。そうして、ユリの根や山いもをほって来て、食べていました。
 ある晩、ねている小屋の屋根を、バサバサする者がいるので、また、「役人か」と、飛び出ると、鼻の高い赤い顔をした大きな者が、男の首をつかみました。ビックリした男は、つかんだ手をふり放して、「お前は誰だ」と、どなりつけました。「俺か、俺は、この山の天狗だ」と言ったので、男は、「これが天狗さまか」と、思いました。よく見ると、頭には長い白い毛を生やし、赤い着物を着て、手には曲がった爪を生やしていました。
 


 天狗さまは、男に、「お前は、なかなか強い男だということだが、これからは、仲よしになってやろう」と言いました。男は、カラカラと笑って、しりをたたいてみせました。天狗さまは、この男のきかぬ気に、たいへん感心してけらいになるように、いろいろすすめました。そして、男はとうとう天狗さまのけらいになって、山の中に住みました。
 何年もたってからのある日のこと、男は、村がこいしくなったので、天狗さまに、「山を下りたい」と言いましたら、天狗さまは、毛の生えた大きな爪を一つくれました。それから、男は村へ帰って、よい百姓になりました。

(猪谷尋常小学校一年生の作文教材)    
「村の今昔」細入歴史調査同好会編よりの再話