第36話 蟹寺の由来 富山市蟹寺
むかし、ここの 谷地に、水草のしげった小さい 沢が あったので、もとは 小沢村と いっていた。
ところが、今をさる 二百四十年あまり 前のこと、村の 西方に 大きな 池が あり、ここに 大きな 蟹の化物を かしらに、三匹の ようかいが 住み、夜な夜な、池を はい出して、村人を くいころす。ついには、池の 岸辺に あった 慈眼院という お寺の 和尚さんまで、くいころされて しまった。
富山の海岸寺の 僧で、元気のよいのが、
「人々の なんぎは すてて おけぬ。しかも、仏に つかえる 僧まで くらうとは、言語道断」と、月明かりの 神通峡を のぼって、慈眼院を おとずれた。
門を たたくと、
「どうれ…」と 出てきた 僧。
「何用あって まいられた」
「わしは、この寺の 住職の おいじゃが、和尚は 在寺かな」
「ちと 所用が あって、外出中じゃが」
「しらばくれるのも、いいかげんにしろ。和尚は、蟹の化物に くいころされたと 聞いた。あやしい 僧め。さしづめ、お前は 化物であろう。正体を あらわせ」
「ワハハ…おじの かたきと いうわけか。ちょこざいな。お前も 僧職に ある身なら、わしの 問答にこたえられるか」
「おお、なんでもこい」
「では…ナンチの リギョとは、これ いかに」
「ぐ問 なるかな。南池の 鯉魚。すなわち 鯉なり。これを うけよ」
と、はっしと、怪僧の 頭に 竹つえを とばした。家鳴り 震動。化物は、いちじんのけむりと なって消えうせた。
そのとたん、雷鳴と ともに、バリッ、バリッと、天井を やぶって、針金のような真っ黒な 毛が 生えた 足が、ヌーッと 下りてきた。
「オテに コテとは、これ いかに」と、また 問いかける。
僧は、足の化物を にらみあげて、
「笑止なると 思わざるか。大手に小手とは 鎚なり。なんじ、物品道具の 身にあって、よこしまに、ねん力を 持ちたるか。カーッ」
たちまち 毛むくじゃらの 足は消え、ゴウゴウたる 大風、雷光をともなった大暴風雨が、今にも がらんを くずさんばかり。
暗雲、寺を つつんで うねりくるい、その中から、ランランたる 銀色の 大目玉が かがやいて、いわく、
「タイソクは ニソク、ショウソクは ロクソク、リョウガンは テンに つうず。これ、いかにや、いかに」
「さては、なんじ、三怪の 頭目なるか。正体 すでに 見えたり。大足二足、小足六足、両眼 天に 通ずとは、みずからを かえりみざる、大たわけ。蟹のごときは、酢の物となって、人の 腹中に おさまり、万物の ひりょうと 化すべし。おろかものめがッ」
電光石火、僧の 鉄けんが、黒雲の 中へ 飛んだ。ギャツという 不気味な さけび声と ともに、ピッタリと 風雨が やんだ。
翌朝、村人たちが、心配して 来てみると、
「大池に いってみてくれ。おそらく、鯉の化物が ういていよう。また、この寺の 天井うらに、大工が 忘れていった 鎚が あるはず。おそらく、頭が はずれていよう。それから、沢を さがして みてくれ。蟹の化物が つぶされて いるはず」と言う。
僧の 言った通り、鯉が うき、首のとれた 鎚が あった。沢には、はさみを 石に つぶされた 大蟹の化物が しんでいた。はさみに 石、まるで ジャンケンである。
村人たちは、この 海岸寺の 僧の 勇気を たたえて、慈眼院を 再こう。化蟹退治の寺という 意味を ふくめて、蟹寺と 名づけた。これが、蟹寺の 地名の由来で、富山市梅沢町にある 曹洞宗「海岸寺」には、この時の 化蟹の こうらが、寺宝として 由来を 書いて、保存して あったという。
民話出典 「立山千夜一夜」