第50話 岩稲に伝わるお湯の出たはなし 富山市岩稲
これは、今からおよそ百二十年ほど前に、岩稲にあった温泉の話です。
村の人たちは、そこを「空の山」と呼んでいました。今でも、そこには、温泉の湯ぶねの跡が残っています。
いつの頃からか、その「空の山」に、温泉が湧き出るようになりました。そのことは、岩稲の人の秘密になっていたのですが、やがて、近在の村々の人たちにその秘密は、知られることになりました。
岩稲にお湯がわきでていることを知った近在の人たちが、昼、夜を問わず、ワンサワンサと押し寄せて来ました。その中には、悪い人がいるようで、部落の人が苦労して作った農作物が荒らされたり、毎日のように物が盗まれたりするようになりました。
このままでは、部落の農作物や宝物が盗まれます。これは大変です。岩稲部落の人々は頭をかかえて対策をねりました。そして、対策協議の結果、大切なお湯を止めることにしました。これは、すごい決断でしたが、部落を守るためには、どうしてもやらなければならないと決断しました。
しかし、自然に湧き出るお湯を止めることはとても難しいことです。お湯を止めるにはどうしたらよいだろうか?部落の人たちは、四方八方手をつくして、調べました。そして、見つけたのが、次の方法でした。
まずは「あしげうま」、つまり、白い毛の馬が必要でした。しかし、部落には、あしげうまはいません。部落の人たちはお金を出し合い、一頭の「あしげうま」を買い求めました。
そして、「あしげうま」を、湧き出る温泉の湯ぶねに泳がしたのです。すると、不思議や不思議、見る見る うちに、お湯が少なくなり、ついには、一滴も温泉が出なくなってしまいました。見事に温泉は止まりました。
「岩稲のお湯がかれたとさ」たちまちの間に、その話は近在の村々に広がり、ピッタリとお客は来なくなりました。そして、「昔、岩稲に温泉が湧き出ていた」という話は、伝説として今に伝わっています。
さてさて、これからお話するのは、温泉が出なくなってから百二十年過ぎた、現在のお話です。
部落のある人が、お湯が沸き出た話は、本当か調べてやろうと、思い立ちました。その人は、来る日も来る日も、部落を流れる谷川という谷川に手を入れて、どこかにお湯が出ていないか探し回りました。しかし、どこにも温泉は見当たりませんでした。
そんなある日のこと、部落の下を流れる神通川へ仕事のために出かけました。ふと見ると、神通川の崖の淵からかすかに湯けむりが立ち上がっているではありませんか。不思議や不思議。さっそく、その湯けむりに手を入れてみますと、三十℃ほどの温かさを感じました。その場所は、岩稲と楡原の境の高原という所です。確かに、温泉が今でも湧き出ているのでした。あの話は本当だったのです。
しかし、残念なことに、神通川第二発電所ダムができ、その場所は水の中になってしまいました。きっと今でも、その場所からは、三十℃のお湯が湧き出ていることでしょう。
岩稲の温泉を復活させるには、ボーリングも不用、人力も機械力も不用です。あしげうまを、もとのお湯の出た口へ連れて行き、その手で三回、「お湯よ再び出てくれ」と、まねけば、たちまちのうちに三十℃の温泉が湧き出ますとさ。
郷土の伝説 館報ほそいり 昭和三十九年十一月一日発行