第8話 狐にだまされた 富山市猪谷
この辺りでは、昔から狐が変身したり、人を化かしたりする時は、後足で立ち上がり、木の葉を一枚頭に乗せて、前足で祈るような仕草をするそうです。
夏の頃のある晩、隣村にたくさんの用事がたまっていた一人の男が、朝早くから出掛け、仕事を終えた頃には、すでに辺りは薄暗くなっていました。
疲れ休めにと一杯ひっかけて、山道を家へと急いでいると、遠くにほのかな明かりが見えます。「こんな処に家があったかな?」と思いながらも、急いだ上に、背には重荷を背負い、酔いもまわって来て、非常に疲れを覚えたので、その一軒の家の戸をたたき、しばしの休息を願い出ました。
囲炉裏には、赤々と火が燃えており、うら若き一人の娘が出て来て、「ちょうど、風呂を沸かしております。疲れなおしに、一風呂浴びていかれてはいかがですか」と言ってくれますので、「これはありがたい。では、さっそく・・・」と、手ぬぐいをひっつかんで、好意に甘えることにしました。
さて、田舎の百姓たちは、毎日、朝早くから晩遅くまで、野良仕事に精を出しています。その日も、朝早く、一人の百姓が、畑へと山道を上って来ますと、風向きのせいか、何だか、肥の臭いがプンプンします。
「はて、俺より早く仕事に出ている奴がいるのかな・・・」と、立ち上がって周囲を見てみると、前方の道路そばの肥の溜桶の中で、一人の男が、まるで風呂にでも入っているかのように、気持ちよさそうに、肥の付いた手ぬぐいで、顔をふいたり、頭から肥をかぶったりしています。いやはやなんの、その臭い、臭くないったら・・・。
百姓は、唖然として、しばらく見ていましたが、やがて、糞尿まみれの男を、溜桶から引きずり出し、小川の水を打ち付けて、ようやく正気に返らせました。
背負ってきた荷は、近くにありましたが、嫁さんから頼まれた乾魚や油揚げなどはなくなっていました。
男は、百姓から借りた半てんを身にまとい、軽くなった荷を背負って、すごすごと家へ帰っていったそうです。
(加藤あやさんのお話)
「村の今昔」細入歴史調査同好会編